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見不忍池蓮華事、付新首相演説事

不忍池ニ蓮華ヲ見タル事、付ケタリ新首相演説ノ事

9月某日

 本郷への途上に不忍池の周囲を逍遥す。

Photo
Photo_2

▲左右ともに不忍池の蓮(午前9時頃に撮影)

9月某日

 ブログのデザインやや殺風景なれば、二年前にイタリア近海にて撮影せる写真を掲げることとせり。

9月某日

 新聞にて新首相の所信表明演説を見る。この種の文章に興味ひかるべき実あることは稀なれど、「幕末、我が国を訪れた外国人という外国人が、驚嘆とともに書きつけた記録の数々を通じて、わたしども日本人とは、決して豊かでないにもかかわらず、実によく笑い、微笑む国民だったことを知っています。この性質は、今に脈々受け継がれているはずであります。蘇らせなくてはなりません。 」とふ一文に目を留む。新首相もまた、都知事も愛読すと聞く渡辺京二著『逝きし世の面影』の読者ならんか(例へば同書第二章を参照)。同書、左にも右にも好評なれど、いづれもこの書物のPessimismusをかへりみざる趣きありとおぼゆ。世の「逝きし」ものとなれるは開国と産業革命ゆゑの必然にて、近代社会を否むことなくして逝きし世は取り戻さるべきにあらず、もしこれを「蘇らせ」んこと本意なりとせば、自民党の標榜せる保守政治の枠すら毀たんことは必定なり。新首相そこまで考へて演説に入れたるに非ず、ただかの書物より都合のよからんところを拝借したるのみといふもおそらくは正しからん。されど、近代社会より退行せんとする大衆の願望を掘り起こし支持を集めんとて、近代的保守政治の基を掘り崩すがごとき発言をすること、現代保守政治家の病ならざらんや。「御名御璽」云々に着目せる新聞・雑誌など多かれど、かくのごとき文にこそProblematikの現れめとおぼゆれば、敢へて細部をあげつらふことをせるものなり。

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